FC2ブログ
水島博巳 社会保険労務士・行政書士事務所の所長ブログです。
2013-03-17 (日) | 編集 |
バブル期の不動産王らしき人物が8億円の脱税容疑で逮捕されました。
私達庶民感覚から8億円は、とてつもない巨額です。

国民の三大義務。
中学生の頃に公民の時間で習った覚えがあるでしょう。
「教育の義務(憲法26条)」「勤労の義務(憲法27条)」
そして「納税の義務(憲法30条)」
国民は法律の定めるところにより、納税の義務を負う。

当然、脱税は犯罪です。
憲法の定める国民の義務に反する重大な犯罪です。
何故でしょうか。
国家統治に必要な財源を、所得等に応じて公平に国民に負担してもらう。
納税は国家財政の根源です。
行政、警察、消防、防衛等々・・・
富の再分配。
社会保障費や義務教育への費用負担。
全ての行政執行において財源が必要です。

今月の11日。
東日本大震災から2年が経ちました。
その復興は、途半ばにさえ至らない状況です。
被災地の産業復興。
被災地の雇用確保。
被災者の方々のための復興住宅建設。
防潮堤や住宅地の高台移転。
それらには巨額の財源を必要とします。

民主党政権の末期。
復興予算約19兆円の流用疑惑が報道されました。
私達庶民が普通に考えても、被災地復興に結びつかない資金使途に多額の資金が使われました。
法律の文言解釈から違法ではないとの言い訳。
間接的に被災地の産業復興に役立つ事業との言い訳。
「鯨類捕獲調査安定化対策」「国内立地推進事業費補助金」「沖縄国道整備事業」「国税庁施設費」等々・・・

8億円の脱税。
犯罪です。
巨額の復興予算の流用。
この流用は何故、犯罪では無いのでしょうか。
刑法学的には犯罪にはなりません。
犯罪の構成要件に該当しません。
罪刑法定主義からも犯罪になりません。

それで良いのでしょうか。
悪知恵。
おぞましい悪知恵。
この悪知恵を見逃した民主党政権。
国家財政の根源に対する本当の悪党は誰でしょうか。
8億円の脱税容疑者以上に倫理的かつ道徳的に非難されるべき悪党がいるのではないでしょうか。

会社経営においても同じです。
遅刻や無断欠勤を繰返し、期待通りに働かない従業員。
もちろん、離職を含めて厳しい処遇が必要です。
就業規則違反。
業務命令違反。
それによる懲戒処分。

一方で本当は会社存続にとって見逃す事ができない悪党を放置していませんか。
国家も会社も同じ社会的な存在です。
会社を守るため、真面目に働く従業員を守るため。
周囲を見回してみましょう。
スポンサーサイト





2013-03-02 (土) | 編集 |
ここ数ヶ月「いじめ」や「体罰」その結果として「自殺」の報道を目にすることが増えました。
相撲部屋での「かわいがり」の記憶も蘇ります。

刑法204条傷害罪
「人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」
刑法208条暴行罪
「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。」

「いじめ」とか「体罰」という曖昧な表現に時々憤りを覚えます。
報道事実をそのまま信じると、その行為そのものは、明らか「傷害」か「暴行」に該当します。
刑法学的に表現すれば「構成要件に該当し違法有責な行為=犯罪」となります。
その加害者は「教育的指導」とか「遊び」の行き過ぎといった趣旨の言い訳をすることが常になっています。
その言い訳は極めて不愉快です。
自殺にまで追い込んでいるにもかかわらず、まるで40キロ制限道路を10キロ速度オーバーした程度の反省度合いに聞こえます。

小学生の頃、担任の先生は「でこピン」とか「正座」とか、悪ガキの私達に課した記憶があります。
でも私の「心」には「体罰」としての記憶は残っていません。
何故でしょうか?
身体的な痛みだけで言えば「でこピン」も「正座」も、それを伴う行為です。
その行為には「心」の痛みが伴わない何かが存在するように感じます。

最近の強い運動部では科学的な練習方法を取り入れられて、巨人の星よろしく「ど根性満点」の昭和的な練習方法も影を潜めつつあるようです。
かっての昭和的な練習方法。
そこには、身体的な痛みが伴うこともあったでしょう。
そこには、自分の限界に挑戦するために、厳しい指導に身を委ねることもあったでしょう。
そこには「叱責」「叱咤激励」厳しい言葉で、精神的に追い詰めれ悩むこともあったでしょう。
古き良き時代を懐かしむだけではありません。
そこには、「心」の痛みが伴わない何かが存在するのではないでしょうか。

職場でも同じ。
上司の「叱責」「叱咤激励」厳しい言葉で、精神的に追い詰めれ悩むこともあるでしょう。
平成のパワハラ。セクハラ。
たとえ外観的には同じ行為に見えても、パワハラやセクハラになる場合とそうじゃない場合があります。
なぜでしょうか?
そこには、身体的な不快感を伴うだけではありません。
そこには「心」の不快感が大きく関わっていると思います。
同じ行為でも「パワハラ」「セクハラ」にならない。
そこには、「心」の痛みが伴わない何かが存在するのではないでしょうか。

「いじめ」「体罰」「かわいがり」「パワハラ」「セクハラ」
その行為をする者の「間違った優越感」「潜在的なストレス解消」
ある意味、その行為をする者の病的サディスティックな「精神」「心」の一面の表れかもしれません。
自殺まで追い詰めることは、被害者の「心」を限界まで追い詰めた行為者の「心」の結果だと思います。
もしかすると、その行為をする人は無意識かもしれません。
無意識だとすると「反省」や「改善」の余地は少ないかもしれません。

夏目漱石の「こころ」
友人を裏切り「自殺」に追い込んだ先生。
先生の自己否定と自らの「自殺」に至るまでの「心」の葛藤を読むことができます。
どのような行為にも行為者の「心」と被害者の「心」が存在することを読むことができます。
昭和に生きた私には明治のプライドを支えた「心」は文学を通して知ることができます。
「坂の上の雲」を生きた明治の「心」です。

人間は「心」の生き物です。
もちろん身体的や精神的に相手を傷つけることはいけません。
誰かに対峙するとき、その根底に相手への正しい愛情「心」を持つことが大切です。
3月から4月は人事の季節。
新人採用・定年延長による継続雇用・異動昇進昇格。
特に管理職として部下を待たせる人材への登用には、その方の「心」を大切にして下さい。
その方は「間違った優越感」を持つ可能性はありませんか。
私は、かって銀行員時代の若い頃に尊敬する支店長から教えられました。

「管理職に登用する最低条件は、部下を虐めないこと」と。