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水島博巳 社会保険労務士・行政書士事務所の所長ブログです。
2012-02-16 (木) | 編集 |
「健康のために吸い過ぎに注意しましょう」
「虫歯予防のため、プラークコントロール」

吸い過ぎに注意したら、煙草の売上は減少します。
虫歯が減少したら、歯科医の仕事が減りそうです。

介護事業はどうでしょうか。

ある大手の有料老人ホーム運営業者さんは、その理念に「4大ゼロ」を掲げています。
「おしめゼロ」「経管食ゼロ」「機械浴ゼロ」「車椅子ゼロ」で「4大ゼロ」だったように記憶しています。

介護の必要がある高齢者が減少したら、介護事業は成り立ちません。
でも、介護される本人の気持ちになれば、若いときと同じように自律して生活できることが幸せであることに間違いありません。
そこに「インセンティブ」を見出せないものでしょうか。
介護保険法の改正で介護予防が重視されるようになると聞いていますが、ちょっと心理的「インセンティブ」の本質と離れているような気もします。
主体的に捉えた心理的「インセンティブ」。
私は自分のことは自分でしたい。私は元気で活躍したい。活躍することは楽しいし、仲間もたくさん欲しい。
まだまだ社会に必要な人でありたい。生涯現役です。
アブラハムマズローの「欲求5段階」にも当てはまります。

お世話になっているある企業の社長さんは70歳を超えて、まだまだ新規事業のアイデア開発や運営にバリバリ取り組んでいらっしゃいます。
その会社の定年は、既に65歳に延長されています。
一方で、大企業を60歳で定年退職して、未だ65歳にも至らないのに定職に就かない方もいらっしゃいます。
少々両極端な比較かもしれませんが、そのお二人の心理的「インセンティブ」は大きく違います。
そこには自分の人生を主人公としてデザインする主観的に捉えた心理的「インセンティブ」に大きな差があるように感じます。

介護業界も360度のデザインを考える時期になって来ています。
夢物語とは言い切れません。
要介護からのカムバックができる。要介護度が改善される。
心理的「インセンティブ」を引き出す事業。
要介護者が減少するビジネスモデル。
考えたいと思います。
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2012-02-13 (月) | 編集 |
そもそも年金って何でしょうか?

「年」に給付を受ける「金銭」だから「年金」です。

国民皆年金制度が始って半世紀です。
大きな改正やら小さな変更など、公平性や既得権を担保するために、段々と複雑怪奇な制度に仕上がってしまいました。

そもそも公的年金は「高齢者」や「障害者」になって、自ら働くことが出来なくなった(=収入が途絶えた)方を社会全体で支え合おうという相互扶助の思想を基礎にしています。

ただし、その発生の歴史的起源を紐解くと、戦費調達という国策的な意味合いがあったことも無視し得ません。
昭和17年にホワイトカラーまで加入(資金の拠出)が義務付けられた背景には、大東亜戦争の戦費調達の手段として年金制度が利用されたという話をよく耳にします。
戦死により、年金支給開始に至らない(遺族年金や恩給制度があっても)ことや、戦禍の混乱により掛け捨て的な状態が多く発生したであろうことは想像に難くないと思われます。
あとで紙くず同然になった「戦時国債」が重なって見えてきます。
「やらず、ぼったくり」です。

また、高度成長や人口増加の時代は、高齢による年金支給まで「相当の長い年月」の猶予期間が発生して、年金資金の積立額が増加してきたことを良いことにして、あたかも戦費への充当の如く所謂「箱物」に巨額の資金を投入してきたことも記憶に新しいことです。
「責任者は誰だ!責任者出て来い!」と言いたくなります。

最近の報道で「新年金制度案」の骨子を見る機会が増えました。
世代間格差の問題で、国民年金の納付率が低空飛行を続けるなか、高額所得者の年金支給を制限したら、どのようなことが起きるでしょうか。
相互扶助という崇高な理念からは、正しい道筋かもしれませんが、一方で円高による企業の海外脱出と同様に、高額所得者は知恵を絞り、年金納付を避ける道を探ることになるかもしれません。
年金の「国内空洞化」なんて事態にならないと良いのですが。
「やらず、ぼったくり」を避けたがる気持ちは素直な気持ちでしょう。

私は高額所得者には分類されそうにもありませんが、何らかの自衛手段を講じなければと思います。
最近保険会社で「ドル建て個人年金」商品が良く売れていると聞きます。
今の「円高」は自分たちが老後を迎えるときには「円安」になっているとの憶測によるものでしょう。

いずれにしても、早く新ルールを決めて頂かないと、対応策も検討できません。
年金給付の資金確保に国債が登場しそうです。
21世紀の戦時国債にならないと良いのですが・・・
そんな重要議案において、国会中継を見ても「居眠り」議員さんを散見します。

「やらず、ぼったくり」を決め込む「タヌキ寝入り」ではないことを願いたいです。








2012-02-02 (木) | 編集 |
皆さん運転免許の更新、お忘れではないですか?

私は昨年の秋に更新しました。
無事故・無違反でしたので、住所地の警察署で約30分程度で手続が完了しました。

ところで、運転免許の更新時(もちろん新規取得のときも)に視力検査をしますね。
高校時代から「乱視・近視」の私は、たぶん裸眼だと「0.1」に届くかどうかという視力です。
毎回の視力検査は「試験気分」で、通過(合格)したときの安堵感は言いようもない感覚です。

視力検査は安全運転確保に絶対必要な手続です。
今日の朝刊に「てんかん」の方の運転の是非についての記事がありました。
安全運転確保のためには、視力検査と同様に何らかの手続が求められるべきなのでしょうか?
一方で「てんかん」は現在の医療や投薬で、何ら問題なく日常生活を送ることができます。
就職などでの差別についての問題提起を聞くこともあります。

例えば医師や看護師の免許がない人は、医師として看護師として働くことはできません。
弁護士・税理士・社労士も同じです。
国家資格という何となく分かりやすい制限です。
視力など身体的能力が、運転免許取得において条件になることも、安全確保との視点から分かりやすい制限です。

企業運営における人事採用行為。
「営業担当社員」として採用した人が、その資質から求められる「営業成績」をあげられなかったら、どうでしょうか?
教育指導、配置転換など、その人にフォーカスした是正を努力します。
そして打つ手も尽きて、改善できないときに「自己都合退職」「普通解雇」など就業規則や労働法令に従った手続により「営業担当社員」としての身分を失います。
ここで大切なことは「営業担当社員」として求められる社会的に妥当な(例えば運転免許の視力制限のような)資質や成果を、客観的に示していることだと思います。

当社の社員としての適性。
求める人材。
その人にフォーカスして考えると同時に客観性を保つ努力を経営者は求められています。
合理的根拠の無い差別は駄目です。
合理性の無い企業の行く末は明白です。