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水島博巳 社会保険労務士・行政書士事務所の所長ブログです。
2011-09-27 (火) | 編集 |
加害者か被害者か?

交通事故の被害者、ストーカー行為の被害者
最近、相談を受けた事例です。

交通事故の被害者に示談の強要行為が損保会社側弁護士からなされたとの相談です。
たぶん弁護士さんは法律のプロとして淡々と事務手続を進めるつもりで、強要の意図は無いと思います。
ただ示談提示をうけた方は、まるで被害者である自分が賠償金を「たかる」輩の如く思われたように感じて、相当なショックを受けていました。
さらに事故の加害者を、その「たかり」の被害者のように庇い、通常あまり考えられない加害者側から簡易裁判所へ「調停」手続をとられたそうです。
どちらが被害者なのでしょうか?
ストーカー被害を受けた女性です。最寄の警察に相談したそうです。
警察は民事不介入です。当然に刑事事件の可能性がなければ対応は難しいです。
また男女の仲のことですから、ナイーブな問題もあります。がしかし・・・
そのとき警察の方から「あなたも相手に気をもたせている」と相手の男性を庇うような発言にショックを受けていました。
どちらが被害者なのでしょうか?最近は男女雇用機会均等法11条(雇用管理上の義務違反)や民法715条(使用者責任)を厳格に捉える企業が増えています。
セクハラを無くすことは大切です。当然その被害者を組織として守り、再発防止に注力することは良いことです。
刑事事件では「無罪の推定」が働きますが、就業規則による懲戒処分はどうでしょうか?
セクハラ認定の基準も若干曖昧で、被害者が「被害者だ」と言い、周囲も「そうだ!そうだ!」と言えば加害者である「身分」を得てしまうこともありそうです。
満員電車で痴漢に間違われたような・・・
また同じような場面でも、その登場人物により「アウト」と「セーフ」の判定が違うなんてことを感じる時もあります。少々怖いです。

さらにセクハラ再発防止のため、加害者に退職勧奨をするケースを時々耳にします。
職場の秩序維持が最大の目的です。
一方で、加害者の勤務実績や組織貢献は、ほとんど顧みられていないようです。
セクハラの加害者だから仕方ないのでしょうか?
その退職勧奨で心を患う方もいらっしゃいます。
さてさて加害者だったはずの方が、被害者のような状況に陥ってます。その方を庇うと損保会社の弁護士さんや、警察の方と同じになるのでしょうか?

被害者か加害者か?

法治国家。平和な日常を望みます。

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2011-09-03 (土) | 編集 |
正義の見方?

「正義の味方」の誤字ではありません。

人間の健康状態も会社の経営状態も「一時点」を数値で表すことが出来ます。
「人間ドック」や「決算報告書」です。

私は銀行の支店長時代から多くの経営者やその周囲の方々にお会いしました。
「人」として輝いている方は、その経営も輝いています。
そして、その周囲に集う方々・・社員、取引先、ご家族も輝いています。

「人間ドック」では正常値=ガンなどの兆候も見られない方でも、予期せぬ病魔で病床に伏せることもあります。
同じ現象を会社経営の現場で見たことがあります。
それは単に取引先が突然夜逃げをしたとか、いわゆる単純な外科的事象ではありません。
レントゲン検査や血液検査だけでは見つかりません。
財務諸表、財務分析だけでは分かりません。

経営者自身が輝いていて、その周囲に集う方々輝いている。
ところが、その集う方々の輝きの裏にある「正義」が、経営者の「正義」と異質な臭いを放つときがあります。
すべてが輝いて順調のように見えますが、実は「正義」が違う。
特に中枢を担う役員層の「正義」が異質な臭いを放っているときは、極めて危険です。

このことは能力の多様化「ダイバーシティー」とは全く別の次元の話です。
銀行支店長として、顧問として傍から見ているので気づきます。
まさに「おかめ八目」です。

例えばこんなケースは危うさ満点です。
経営者は「会社の社会的価値」や「社員の生活向上」などを「正義」として思う。
経営者ご自身の「夢」の実現や輝いた生活の背景には、業界全体や地域社会の安定など、周囲の幸福を「正義」
としてとらえている。

ところが、その周囲に集う一部の方々が、特に役員層が「自分の存在価値」と「自分の生活向上」だけに「正義」を求める。
その人にとって、経営者と同じ「正義」を見る別の周囲の方々は、邪魔な存在になります。
はたして会社の運命は如何に?
この危うさはご自身で気づくしかありません。

ときどき「正義」の「見方」をご自身や周囲に集う方々に問いただすことは大切です。
今の「売上」「利益」「決算状況」だけでは分かりません。
輝いている「やり手イエスマン」の「正義」が一致しているとは限りません。